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大創

Author:大創

大創

愛知県岡崎市「大創」のブログです。

人が人を思う気持ちは、ずっと変わらない。

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図書館

「こうしたい!」と決めればそうなる

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本当に、心の底から「こうしたい!」

「必ず、必ず、やりとげてみせる!」

と決意ができたら、半分できたようなものだ。

反対に、中途半端な決意では、何もできない。

川がある。橋がない。船もない。

「渡りたいな。だけど無理だな」

そう思ったら、その時点で〝終わり〟です。

永久に渡れない。

「橋がない。じゃあ、橋を架けよう!」

「船がない。じゃあ、船をつくろう!」

「橋もできない。船もできない。じゃあ、泳いで渡ろう!」

「泳げない。じゃあ、泳ぎを覚えよう!」

この意気です。

躊躇なく行う勇気

Aさんは、七歳の息子B君と一緒に、

近くのコンビニまで買い物に出かけました。

雨の中をしばらく歩いていると、

手をつないで歩いていたB君が Aさんの手を振り払い、

突然、前方に向かって走り出したのです。

呆気にとられたAさんでしたが、

走っていくその方向に、

一人のおばあさんがゴミ出しをしようとして

悪戦苦闘している姿がありました。

B君は、そのおばあさんのそばに駆け寄り、

「手伝うね」と言って ゴミ出しの手伝いを始めたのです。

おばあさんは、「ありがとうね、助かるわ」と言い、

Aさんの姿を見つけると、

「お父さんですか。いい息子さんですね」

と微笑んだのです。

まだまだ子供だと思っていた息子が、

自分の意志で人助けをしている姿に、

Aさんは、感動を覚えました。

自分の思うことを躊躇なく実行する素直さに、

羨ましく思うと同時に、

大人の自分も 負けてはいられないと思ったのです。

私たちは、なかなか心に思ったことを、

すぐに 行動へ移せないものです。

心に浮かんだ自身の「直感」を尊重し、

躊躇なく行なう勇気を養いたいものです。

ジャズの街—岡崎



Herbie Hancock (p)
Wayne Shorter (sax)
Dave Holland (b)
「ジャズの街 岡崎」の所以

「三河武士」発祥の地として知られる城下町、岡崎。
その岡崎市は、世界に誇るジャズコレクションを有する「ジャズの街 岡崎」としてPRしています。
年に数回ジャズのイベントが催され、また全国的にもめずらしいレアなジャズ試聴ができる資料室がある。
これは、日本の有名ジャズアーティスト必ずお世話になっていると言われる、「ドクター・ジャズ」こと、
内田修氏が、地元岡崎に世界有数の膨大なジャズコレクションを寄贈したことがきっかけといわれています。

志賀重昂と岡崎

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岡崎市康生町に生る。札幌農学校卒(明治17年)長野中学校教諭。のち地理学・政治学に関心をもち、1886年軍艦筑波に便乗してオーストラリア、南洋諸島を視察して「南洋時事」を著わし、1888年三宅雪嶺らと雑誌「日本人」を発刊し、国粋保存を標榜した。  新編岡崎市史20(総集編)  地理学者、政論家。文久3年(1863)9月15日岡崎康生生まれ。号は矧川。父重職の長男。重職は岡崎藩士・儒学者であったが、重昂が6歳の時に死別。明治7年(1874)父の門人の招きで上京、攻玉社や東京大学予備門などで学び、同13年9月札幌農学校に入学した。同17年卒業後、一時長野中学校教員になるも再び上京する。同19年海軍練習船に乗り込み南洋諸島を巡回し、西欧列強の植民地化の実情を見聞したことにより、翌年『南洋時事』を著わして対外危機を説いた。明治21年(1888)三宅雪嶺・杉浦重剛らと政教社を設立、雑誌『日本人』を発刊し、欧化主義の風潮を批判する。同誌に載せた重昂の「国粋保存旨義」は、それまでの政府の欧米追随政策や極端な欧化主義を厳しく批判したものであるが、政教社の思想を代表する論文となる。「国粋主義」という言葉はこの論文からきている。同27年に書いた『日本風景論』は、地理学の立場から日本の自然美を評価したもので、大ベストセラーとなったが、同時に日本のアルピニズムの先駆的な著書としても有名である。政治とのかかわりは、すでに大同団結運動の頃からあったが、明治29年に進歩党名誉幹事に就任して本格的に政界入りし、翌30年松隈内閣の下で農商務省山林局長を務める。明治31年に起こったマーカス島帰属問題では同島を東京府管轄の南鳥島とさせた。また、同32年中国を横断旅行し、鉄道敷設を調査する。政党の系譜では、進歩党→憲政党→憲政本党に属していたが、同33年の政友会の成立に際しては、伊藤博文のすすめで入党。明治35年の第7回と、同36年の第8回衆議院選挙で当選し代議士となるも、同37年の第9回選挙では落選し、以後政治活動から離れた。日露戦争の際には従軍し、のちに『旅順攻囲軍』を刊行。また明治43年の世界旅行では『世界山水図説』、さらに大正11年(1922)・12年の世界漫遊では『知られざる国々』を刊行。この間、早稲田大学で地理学を講じたこともあり、またブラジル地学協会・英国王立地理学協会の名誉会員にも推される。昭和2年(1927)4月6日没、享年65歳。昭和36年岡崎市名誉市民。重昂や三宅雪嶺、さらには新聞『日本』を発行した陸羯南らによって説かれた1890年代の国粋主義は、国家に絶対の価値をおき国民の権利や生活を規制する国家主義や、独善的で狭隘な国権論や超国家主義とは異なっており、西欧列強を至高とする当時の価値観の中で民族の固有性を主張し、忘れられかけた日本の文化の意義を訴えたものであり、健全なナショナリズムとしての側面もある。しかし志賀重昂は、三宅雪嶺・陸羯南と比べると、反権力・在野性という点では弱く、例えば、明治32年の中国旅行が、後の大隅内閣の「対華21ケ条要求」の伏線になるなど、その学識が日本の海外侵略を利する面のあったことも認めなければならない。著書は『志賀重昂全集』(全8巻)に大半が収められているが、岡崎市民にとっては「三河男児の歌」が最も親しみ深い。木曾川の「日本ライン」の名づけ親でもある。

ひとつだけでいい

人の役に立つことをすると満足感が得られ、気持ちは前向きになります。精神的にも肉体的にもグンと力が出て、仕事への取り組みも積極的になります。

 「一日に一つだけ、役に立つことをしよう」と心に決めると、普段、気づかないことにも気づくようになり、それを実行する場面が現われます。

ゴミを拾おうと意識していると、道端だけでなく社内にもゴミが落ちていることに気づいたり、電車内でお年寄りに席を譲ろうと思っていると、立っている高齢者の姿が目にとまったりします。

人の役に立つとは、大きなことではなくても、身の回りにたくさんあります。相手の話をよく聞く、失敗した人を責めない、「ありがとう」と声をかける、水や電気を無駄に使わないなどです。

いろいろやろうと欲張らずに、「一つだけ」と決めて取りかかれば、負担なくできるものです。多くの人が、一日に一つ良い行ないをすれば、私たちの職場や社会は、もっと過ごしやすくなることでしょう。

PKを蹴る勇気

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元イタリア代表のロベルト・バッジョ氏が、バルセロナFWリオネル・メッシやレアル・マドリーFWクリスティアーノ・ロナウドを擁護している。チャンピオンズリーグ(CL)でPKを失敗した両選手について、かつてワールドカップ(W杯)で苦い経験をしたイタリアのレジェンドは、「PKを蹴る勇気」を忘れてはいけないと語った。

メッシはCL準決勝セカンドレグでPKを外してしまい、チームは2試合合計2対3で決勝進出を逃した。C・ロナウドはバイエルン・ミュンヘンとの準決勝のPK戦で、バイエルンGKマヌエル・ノイアーにPKをセーブされている。マドリーはPK戦で敗れ、バルセロナ同様に準決勝敗退となった。

R・バッジョ氏は1994年アメリカW杯の決勝で、やはりPK戦でPKを失敗している。ボールがクロスバーのはるか上を越え、最終キッカーとなったR・バッジョ氏のうなだれた姿を記憶しているファンも多いだろう。

現役世界最高と言われるスペイン2強のエースが、それぞれ大舞台でPKを失敗したことについて、R・バッジョ氏はイタリア『ANSA通信』で、「PKを失敗するのは、PKを蹴る勇気を持つ者だけだ」と述べ、メッシとC・ロナウドを批判すべきではないとの見解を示している。

また、R・バッジョ氏は「120分間を戦ってからPKを蹴るのは、さらに難しいことなんだ」とコメント。延長戦を含めて激しいプレーを続けてきた選手にとって、PK戦がいかに大変なものかも強調している。

清掃活動

最近、
仕事が思うようにいかないNさんは、
イライラすることが多くなり、
やる気の起こらない状態が続いていました。

ある日、
会社の最寄駅周辺で、
日曜日に清掃活動をするという話が持ち上がりました。
ほとんどの社員は参加するようでしたが、
Nさんは
〈休みの日にそんなことまでやる必要があるのか…〉
と思い、
参加しないつもりでした。

ところが隣にいた同僚のK子さんから、
「Nさんも一緒に行こうよ。
 たまには違ったことをするのもいいものだよ」
と誘いを受けたのです。
Nさんは断りきれずに、
しぶしぶ清掃活動に参加することとなったのです。

当日、
清掃には地域の商店街の人も多く参加し、
活気に満ちていました。
気づいてみると、
Nさんも商店街の人たちに溶け込み、
清掃に夢中になっていました。
終わり頃には、
最近では忘れていた清々しい気持ちが甦っていたのです。

自分のことで精一杯だったNさんでしたが、
人の役に立てる時間を過ごせたという実感を得て、
フレッシュな気持ちを取り戻したのでした。

「職場の教養 4月号」4月22日より

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How's さま にて公開中です。

岡崎市戸崎町の「How's」さま にて

弊社の「赤水対策」のビデオをエンドレスで流させていただいております。

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お近くの方は、ぜひ見にいらしてください。スクリーンショット(2012-03-13 20.40.09)


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キリン草とは

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キリンソウ

キリンソウはとは乾燥や暑さに強く、耐多湿性、耐寒性も極めて強い植物です。
江戸時代には若葉を塩茹でし乾燥させ保存食に使っていたとも言われております。
また、薬用効果もあり蚊、蜂などの虫刺され、浅い切り傷等にも効果があるとされています。
キリンソウは、緑化に失敗した箇所の補修用としても利用されており、
優れた点が多くある植物ですが、秋から冬期にかけては、 落葉期なので一見枯れたように見えてしまうため、
キリンソウのみでの屋上緑化は厳しい状況でした。

常緑キリンソウ

キリンソウの大きな弱点を克服し、一年中緑を保てるよう改善されたのが、
ベンケイソウ科キリンソウ属の「常緑キリンソウ」です。
コンクリートの緑化用植物として、長年にわたりセダム類の研究に取り組んできた、
株式会社フジタの藤田社長によって開発されました。
「常緑キリンソウ」は乾燥や暑さ寒さはもちろん湿潤にも強く一年中緑を保てます。
しかも、木質化し根がしっかりしているため強風でも飛散の心配が軽減されます。
CO2固定量も多く屋上緑化・壁面緑化・法面緑化など、環境の改善に大きく貢献できる植物です。
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